「気づき」スランプ・常識ギャップ

武本です。

 

このブログは、自分たちがインドで得るだろうたくさんの「気づき」が風化しないように、形にして書いていこうということで、面白写真で定評のある中村のイニシアチブのもと始まりました。

 

始めてかれこれ2カ月ほどになりますが、食文化・言語・仕事などインドのリアルタイムな情報についてご紹介できたかと思います。

 

自分たちのインターンシップに合わせて、このブログもあと3カ月は続けていくことになります。

 

今日は初心に帰って、そんな「気づき」について少し書いていこうかと。

 

なんでこのテーマで書こうかと思ったか・・・正直に言うとですね・・・

 

ここだけの話ですよ。

 

 

 

 

 

 

・・・気づけなくなってきたから、です。

 

スランプってやつかもしれません、はい。

 

いや、ほんとにこんなことを記事にするなんて申し訳ないんですが、悲しきかな、それが現実なんです。

 

ただ、ぐちぐちとそんなことを書いていても仕方ないので、

なぜ気づけなくなってきたか、考えてみました。

 

気づきというのは、「自分がこれまでに経験してきたこと」、(常識とも言えるでしょうか)と、「直面している現実」との間にギャップがある時にうまれるものだと思っています。たとえば、これまでのブログの記事の、

  • 狭いエレベーターの中におじさんが常に座っている
  • クラクションは挨拶がわり
  • 道で牛、ヤギ、犬、猿、リス、ニワトリ、アヒルなどが闊歩している
  • 用を足すときに紙を使わず手を使う
  • カレーは手で食べたほうがおいしい
  • インド人の英語にはクセがある   などなど

こういう気づきも、自分たちが日本人として育ち、日本人の目線を持っているからこそ

「直面している現実」に大きな衝撃を感じ、得られたものです。

 

現地人からしてみれば、

「いやいや、道に動物いっぱいいるのなんてアタリマエヨ!」

とか

「何言ってるか、カレー手使わずにどうやって食べるネ!」

とか

逆に突っ込まれてしまうかも。

 

「そらそうや!だからなんやねん?!」

 

何が言いたいかというとですね、

 

「気づき」を得るためには、常に自分の中で現実とは別の目線の判断基準(常識)をもっていなければいけない

 

ということ。

 

現地に適応すればするほど、「気づき」を得るのが難しくなる理由はこれなのかなと思います。自分が持っていた常識が新たな常識に更新される、そして一度それが常識となると、「気づき」として認識できなくなる。

 

ただ、自分がインドにいて、何よりも面白いと感じることの一つがこの、

自分の常識が更新されていく感覚、です。適応しようという意識が強い自分の場合は、特にそれが顕著に出るのかもしれません。

これはインドだけでなくほかの海外、もしくは日本にいても感じることができると思いますが、インドは特にその振れ幅が大きいと感じます。

 

ただ、その更新された常識に従って日々のんびりと生きていては「気づき」を得ることはできません。

 

「気づき」を得るためには、自分の中の判断基準が多ければ多いほど良いでしょう。そして、いかに自分の常識、日本の常識、インドの常識を疑えるか。これがカギになる気がします。

 

現地にいながらも、現地とは別の目線を持つ、というのはなかなかむずかしく感じるときもありますが、残り三カ月おもしろおかしく、記事を書いていけたらなと思います。

 

熱弁してしまい少し気恥ずかしいですが、以上、武本でした!

 

 

ここインドにもまかないがありました。

中村です。

 

ブログを書く番だということをすっかり忘れておりまして、武本が寝てる傍でパソコンをカチャカチャしております。

 

今日の写真はですね、インドの多様性を象徴する一枚。

『バイク✖︎ニワトリ』

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以前武本が、バイクに乗る少女の写真をあげましたが、

 

jugaad-india.hatenablog.com

 

鳥までもがバイクに乗っているのがここインドです。

ちなみにこのニワトリは、いつもここにいるんです。

不思議なことに逃げないんですね。

 

今日はですね、もう時間もないので、ついこの間面白いな〜って思ったことについて書きますね。今後、ふかぼりしていくための記事になるかと。

 

それはですね、夜にどうしてもタンドリーチキンが食べたくなって、友人とマーケットを歩いていた時のこと。

 

ちょうど、店が閉まる時間で、チキンをオーダーしようとしても、もうダメやって。

インド時間をこういう時に発揮してくれないのもインド。

いくら頼んでもダメでした。

 

でもですね、閉店してるはずなのに、従業員の人たちはせっせとロティ(カレーと一緒に食べるナンみたいなもの)を作ってるんです。

 

ちなみにこれがその様子。

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いやー、本当に器用ですよ。彼ら。

生地を伸ばして、釜の内側にくっつけて、また生地を伸ばしたと思ったら、タイミングをみて、生地を釜から取り出して。

絶妙な手さばきですね。プロフェッショナルです。完全に。

 

しかも、生地を釜の内側につける際は、手を釜の中に入れるので、一歩間違えればやけどをする危険な仕事。マスターするにはかなり時間が必要でしょうね。

 

話を戻すけど、店は既に閉店していて、お客さんも店内にはほぼいない。

そうすると聞きたくなるのが、

「閉店してるのに、どうしてロティをたくさん焼いてるんだい?」

っていう問いですよね。

 

答えは、なんと「まかない」でした。

1人ロティ5枚✖︎従業員30人=150枚のロティを焼いていると。

 

(スタッフ30人もいるんかいってこととか、ロティ5枚って結構食うなとか、ツッコミどころはありますが、まかないを作っている雰囲気は大変良いものでした。)

 

 

実は先日、武本からリキシャのドライバーの生活を調査した論文をシェアしてもらって読んだのだけれど、ドライバーの背景にある現実を知ると考え深いものがありましたね。

 

ある程度教育を受けたドライバーが、子供に教育を受けさせない傾向(自身が教育を受けた上で、教育の価値を見出していない)も一部見られたりと、背景には様々な社会問題を示唆するものがありました。

 

この店で働く従業員の場合もおそらく同じで、彼らの背景にある見えてこない部分にインド社会が抱える課題や、逆に強みが隠れているのだろうなと。すぐには見えてこない部分だけど、観察を繰り返していくと少しずつ明らかにできるのではないかと思ってます。

 

ということで、今回はレストラン従業員のまかないの発見から、レストランの雇用体系や、どのような層の人々が飲食業界に携わっているのか、また、他インフォーマルなセクターとの比較など、見ると面白そうなネタがたくさん集まりました。

 

中村

 

 

 

「チャーイチャイチャイチャーイ!」

なますて、武本です。

 

先日の中村の本物の記事は面白かったですね。

彼のインド愛もこれまた本物。

jugaad-india.hatenablog.com

 

今日もそんな本物についての記事です。

タイトルを見てピンと来たあなた、「チャーイチャイチャイチャーイ」のあの独特のリズム。きっとインドのニオイを思い出したのではないでしょうか。 

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そう、「チャイ」です。

あ、「チャイ」ってご存知ですか?

 

インドに来たことがある方はもちろん、来たことのない方も名前くらいは聞いたことがあるかも。最近は某スターバックスのメニューの中にもチャイラテ的な気取ったメニューがあるくらいですからね。本家チャイも負けてられません。

 

自分はほぼ毎日必ずと言っていいほど昼食後には「チャイ」を飲みます。

インド滞在もトータルするとかれこれ1年以上になりますが、ふと今日もチャイを飲みながら、幸か不幸か考えてしまったんです。

 

・・・あれ、今まで「チャイ」何杯飲んだんやろ・・・?

 

って。

 

ざっくりですが計算結果が出ましたので先に発表すると、

かるく1000チャイは超えるかと思われます。

ちなみに、インドの「チャイ」はめちゃめちゃ甘くて、時にはもはや液体を名乗っていいのか怪しい「チャイ」を出す店もあります。

今まで摂取した砂糖の量を考えると、ほんまに恐ろしいことになりそうです。

 

自分が⒈年間で飲んだチャイが1000杯ということは、現地のインド人は人生でいったい何杯のチャイを飲むのでしょうか。インドの平均寿命は66歳、しかも現地人はもっとチャイ飲むと思うんで、

 

1000杯(1年)×66(歳)×1.5(インド人補正)

=99000チャイ

 

すさまじいですね。(計算はめちゃめちゃ適当です、すいません。)

しかも追い打ちをかけて、インドの人口は13億人です。

 

チャイは本当にローカルな飲み物で、収入が高くない人でもおそらく毎日チャイを飲みます。1日に1人のインド人が1~2杯「チャイ」を飲むと考えると

 

20億チャイ

 

が一日で消費されていると考えられます・・・!

一杯だいたい5ルピー前後なので、100億ルピーのお金が一日で動いているということになりますでしょうか。恐るべし、「チャイ」。

 

インドは乳製品・砂糖の消費量が世界でも有数の国ですが、これも「チャイ」があるからなせる業でしょう。

 

しかし、一方でインドでは心筋梗塞で亡くなる方も非常に多く、高血圧が国中で大きな問題ともなっています。健康意識の高まりを感じますね。

 

オフィスの近くにもチャイ屋が何軒かあるんですが、自分は毎回同じチャイ屋に行きます。別にたいして美味しいというわけでもないんですが、まあなんというか、応援してるスポーツのチームみたいなもんでしょうか。

 

何回も通ううちに顔を覚えられて、行けば何も言わずに濃い目の「チャイ」を出してくれるあのチャイ屋の兄さん、連絡先まで交換してしまいました。

 

日本ではもうチャイ屋なんてもちろんないですが、自分はインド独特のこの「チャイ」カルチャーが結構好きだったりします。みんなでよってたかって「チャイ」飲んで、ゆっくりとした時間の中で誰かとちょっと話したり。

 

チャイを売る人たちの暮らしや、チャイによる経済効果など、深められるテーマはたくさんありそうなので、またの機会に記事にしたいと思います。

 

そういえば、滞在していたゲストハウスで「チャイ」という名前の猫を飼っていたのを思い出しました。結局よその家にもらわれることになってけど、元気でやってるかなー。

 

以上、武本でした!

本物を体験する価値

川が綺麗ですねの武本の友人こと中村です。

フードレポーターの三浦の友人こと中村です。

 

インドでの生活にもだいぶ慣れました。

私生活における一番の収穫は、

ハウスキーパーとの距離が近くなったことでしょうか。

もう、インドのママですね。

 

できたてのロティをいきなり手渡して、『あっちぃぃぃぃ!!!!』っていう僕のリアクションを見るのを楽しんだり、

『今日はご飯ないわよ』なんて真剣な顔で嘘をついてくる笑

(現金がない今、いきなりご飯が出ないと言われるとなかなか面倒なんですよね笑)

 

この前は、初めてロティ作りに挑戦しましてですね。

『そんなんじゃ、だめだめ』なんて言われながら、楽しい時間を過ごしました。

 

そんなインドのママから、近いうちにバターチキンの作り方を教わりたいと思うので、その際はみなさんにお伝えしますね!!

どうぞご期待を。

 

今日はですね、純粋な気付きをベースに書きたいと思います。

つらつらと自分の気付きを。

 

テーマは、「本物を見る価値」ということで。

 

インターネットが普及した現代、我々は莫大な情報にアクセスできるようになって。

異国のことを見たり読んだり聞いたりする機会も圧倒的に増えたと思うんです。

Youtube にいけば、ボリウッドダンスがどういったものなのかを目にすることができるし、花笠だって見ることができる。

 

アイドルのダンスの振り付けを覚える人がいるように、その気になれば、異国のダンスだって、歌だって覚えることができる時代になった。

 

そんな時代にですよ、一つ大きな気付きを得たんです。

それは、ついこの間、デリーのスポーツセンターに行った時の出来事。

そのセンターは思ったより立派で、陸上競技用のトラックやサッカー場があったり、テコンドーの試合が行われていたりしていたのだけど、武道のクラスもあって。

 

合気道の稽古を見ることができたんです。

 

先生はインド人なのだけれども、

その日は偶然日本人の駐在中の方も稽古に加わっていて。

インド人の生徒二人、インド人先生、日本人の4人で稽古が行われていた。

 

そもそも、僕自身が合気道についてあまり知らなかったために、

その日本人の方から色々と説明を受けて、僕はびっくりしてしまいましたね。

 

皆さんも、へぇ~って言ってしまうであろう情報を上げておくと、

 

1)合気道には試合がない。つまり勝ち負けじゃない。

合気会のホームページを参考にさせてもらうと、合気道は、「入身と転換の体捌きと呼吸力から生まれる技によって、お互いに切磋琢磨し合って稽古を積み重ね、心身の錬成を図る」ことを目的としているようです。この点は、実際に稽古を見て納得がいった点ですが、お互いを引き出すといった表現をするとしっくりくると思います。

 

2)日本発祥の武道

まぁ、これはあまり驚かないかもしれませんね。開祖は植芝盛平という方のようです。ネットで色々なエピソードが上がっておりました。

 

3)世界にもファンが多い。

2014時点で、世界国々の約7割、約130ヶ国に組織・団体があるそうです。合気道がこうして世界に広がり、愛されているのを知ると嬉しくもなりますし、日本では知らない人が多いことに対してはちょっと寂しい気分にもなりますね。(僕自身も合気道の名前だけを知っているような人間だったので、何も言えないのですが。)

 

4)遡れる

流派はいくつかあるようですが、合気道のすごいところは、師を遡っていくことができることらしいです。つまり、自分が誰の元で合気道を学び、その師はまた誰の元で学んだのかは共通認識のような形であると。これは海外でもそう。「~先生の元で学んだ」と言えば、海外の人でもそれがわかるみたい。これってすごくないですか?実は、僕は小さい頃にほんのすこしだけ柔道をしていたことがあるのだけど、流派さえも分かりませんね笑

 

 

まず、稽古を見て感想だけど、

最強のコミュニケーションの形なのかもしれないと思いましたね。

技の型は世界共通だから、言葉いらずして、技をお互いにかけあう

あくまで、想像ですが、技をかけあう中で、絶対一体感みたいものが生まれますよね。そうすれば、もう仲良し

 

How are you?」って言って握手して、

出身地聞いて、仕事聞いて、趣味聞いて、家族のこと聞いて、

やっと仲良くなるなんてプロセスはいらないんです。

 

素晴らしい。

 
そろそろ一番話したい、本物の価値について触れたいと思います。

最初に述べておきますが、合気道の稽古を見たのは初めてでしたし、ましては僕がやっていたわけではないので、あくまで僕の感想だということ念頭に置いて読んでくださいね。

 

僕の解釈では、合気道の技に置いて最も大切なのは、力ではなくて、相手のバランスをいかに操作するかということなのかと。そして、技をかけられる側は相手に身を委ねると言いますか。

 

だからこそ、動作の一つ一つに理由(*三浦のドーサではありません)がある。腕を低く引くのには相手のバランスを崩すためであったり、相手に身体を密着させるのは、相手のバランスを操作しやすくするためであったり、見ていて奥深さを感じていましたね。この点がしっかりなされると、技が本当に綺麗に決まるんです。これは超初心者の僕が見ていても分かりましたね。

 

そしてこの点に、インド人の先生と日本人の方の大きな違いが見えました。

 

もともとインド人の先生を日本で合気道を学び、インドで道場を開いた方なので、日本語もペラペラですし、日本人の方との演技は美しいんです。

でも、指導の最中の技を見ていると、どうもこう、一つ一つの動作に繋がりがないなぁと思いましたね。なので、生徒たちもその点をあまり気付けずにいるなというのが感想でした。

 

先に述べたように、腕を低く引くのには、相手のバランスを自分側に崩すこと、そしてその次の押しをスムーズにするためのものであるはずなのに、生徒たちは、「腕を引く」という解釈だけしかしていないから、低く引けてないんですよね。なので相手のバランスは崩れず、押しの段階になった時に、力技になってしまう。

 

その点について、日本人の方の指導をもらって、インド人の生徒も「なるほど!!」って目をしてましたね。思わず笑ってしまっていました。

僕は見ていただけなのですが、実際に技をかけられてる彼からすると、バランスが完全に操作されてる感覚を得たのでしょう。

柔道でいうと、完全に技をかけられて、背中が床につくまでの数秒間で、「あっ、やられた」って思う瞬間がありますよね。

そんな感覚でしょうおそらく。

 

腕を低く引かれたことで、「おっととと」と相手側に倒れかけたかと思いきや、反対に押される。

 

これを体感できたことは彼にとって非常にプラスだったのではないでしょうか。

これを知らずにやっているのとやっていないのでは、大きな違いですし。

 

インド人の方と比べて日本人の方が本物だと言いたいわけではないのですが、

おそらく合気道の技の理想形を考えると、動作一つ一つの繋がりの重要性についてあまりインド人の生徒に伝わっていないように思えました。

 

つまりですね、我々が他者から何かを学ぶとき、

その先生のスキルを100だとすると、自分が100にまで到達しないことがいくらだってある。例えば80としよう。

それでいて、他者を教育する立場になると、その生徒たちは、80100として教わることになる。

そうするとどうなるかが分かりますよね?

時間を経るにつれて、どんどん失われている部分が出てきてしまうんです。

(もちろん師を超えるという逆のケースもあるでしょうが。)

 

これは何も、合気道の話だけではなくてですね。

 

例えば、いくら我々がインドの話を書いたとしても、それが伝えきれるのは、現状の一部分な訳で、このブログを読んだ人が他者に伝えきれることもまあその一部であって。

 

要はですね、本物に触れるってことは、やっぱ大事なんだと思うんです。

人から聞いた、本で見た、テレビで見た、という経験が我々に十分に鮮明なイメージを抱かせることはできるけれど、やっぱりそれが十分では決してない。

 

三浦があげたストリートのドーサの写真を見て、今度同じ写真を見たときにドーサだねと言えるようになるかもしれないけど、実際に手にとって見なければ、ドーサのクリスピーな感じとか、油の感じとか、ローカルならではのちょっと雑な感じとかは絶対にわからない。

 

武本が川が綺麗ですねとつぶやきましたが、それは彼がガンジス川を訪れ、沐浴し、何より愛し、一定期間を共にしたからこそ出てきた言葉なんです。だから僕にはガンジス川の綺麗さがどうもわからない。笑

 

そんなわけで、僕は、インドにいるうちは、なるべく本物のインドに触れらるようにしたいなと思ったところでした。

 

それと最後にもう一点。

合気道にひたむきに取り組むインド人青年たちを見て思ったこと。

合気道の技を習得するのには、相当な時間がかかると思うんです。

それでいて勝ち負けのように分かりやすい指標もない。

それなのに、師と3人で、稽古に励んでいる姿を見て、感動しましたね。

一人の青年なんて、ノイダから通ってるんだって。(1〜2時間くらいかかるのかな?)

僕ももっとしぶとくならないとダメですね。

 

今から本物のローカル飯、食いに行ってきます。

 

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インドのヤギ。ヤギ飼いたい。

 

中村

 

 

インド人の英語②

ワナッカム。(タミル州のあいさつ、ナマステ―的な)
スマホがピンチな三浦です。


ムンバイ旅行に行くというのに明日ネットが使えなくなります。チャージしようにも現金がありません。
どうにか切り抜けなければ。




11月が終わりますね。今年も残すところ後1か月、充実した一年だったと思えるようラストスパートですね。


初めての海外での年越しはインドとなりそうです。オシャレ過ぎて目も当てられないですね。




はい。

先日の記事の初めに書いた屋台のご飯の話。屋台の風景はこのような感じです。
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華麗な手さばきは速すぎて、その詳細をカメラでつかむことは叶いませんでした。


前回の記事をご覧になっていない方は、下の本題にも関連するので是非ご覧ください。
jugaad-india.hatenablog.com


前回お伝えしたドーナツ型のスナックがこちら。
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これは「ワダ」という料理でウラド豆という素材から作られるようです。

表面はサクサクして香ばしく、とてもおいしいです。なんといっても20ルピーという安さ。


続いてこちらは、もちもちとしたかわいいスナック。
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こちらは「ボンダ」という名前でもちもち感の秘密はどうも米粉のようです。

その米粉のおかげか腹持ちがよく、満足感の高い一品。こちら20ルピーになっております。

以上二品で40ルピー。本日のレートで何と66円!! この安さなら海外滞在者にはつらい円安もなんてことはありませんね。

どちらも南インドの料理なので、北インドにあるタージマハル観光ついでにはありつけないかも知れません。が、どうにか皆さんにも一度食べていただきたい、そんなインド料理の紹介でした。






さてさて、また始まりますインド人の発音のお話し。前回は強烈、摩訶不思議なRの紹介をしました。

Rに関しては皆同じ意見だと思います。もう強烈すぎて、この話題では王様のような存在です。

その強大すぎる存在に隠され影を潜めているけれど、確実にそこにいる。今日はそんな彼らを紹介したいと思います。

それは!!もう面倒なので時間がないのでまとめていきます!!!


あくまで私の経験に基づいて書かせていただくということで、私の驚いた順です。その点はご了承ください。






まずVですが、これは日本人の苦手な発音ですね。

日本人はこのVという発音がないためにこれをBに置き換えました。

Vの発音をヴだとすれば、ヴァイオリンをバイオリン、ヴォイスをボイスと置き換えたのが日本人の発音です。

そこでインド人がどのような発音になるかという話なのですが、まずこの二つの言葉を読んでみてください。

Vanakkam Vada





はい。なんて読んだでしょうか。ヴァナッカム(バナッカム)、ヴァダ(バダ)と読んでいただいていれば私の思惑通りですが。

実はこの二つの単語、すでにブログの中に登場していました。

一つ目のVanakkamuはブログ冒頭。これは南インドタミルナドゥ州のタミル語のあいさつ。ヒンディー語でいうナマステ―です。

もう一つのVadaはドーナツ型のおいしい料理。

そう、これらはそれぞれワナッカム、ワダと発音します。V→Wとなっているわけです。





上でバイオリンとボイスの例を挙げましたが、彼らに言わせるとワイオリン、ヲイスになります。

・・・・・・・ヲイス!! ウォイスですかね。

ヲのカタカナを久しぶりに見た気がします。ヲヲヲ

普段バイオリンの会話なんてしないのでそんなに問題にはならないのですが、この単語にやられました。Valve(バルブ)。

以前ブログにも書いた気がしますが私の今のクライアントは工場です。

そこにはいくつものセーフティバルブ(安全弁)が装着した機械が置いてあるのですが、これが大問題でした。

オペレーターがいうのです。
「ワルウ(Valve)が ワルウ(Valve)が」

いやちょっともうどうやってカタカナにしたらいいかがわかりません。笑





はいどんどん行きます。次はTです。

これはなんてことない、聞き間違いとかは特にありません。

ただめちゃめちゃTの音出してくるやん!っていうだけです。笑

なんというか、表現が難しいのですが、子音のTの破裂音がすごい人に時々遭遇します。

日本人の典型的な癖としては、母音がいらないところまでついてしまう、例えばButがバットと、最後のTがTOになってしまう感じでしょうか。

逆に私が表現したいインド人の発音はBUという感じです。伝わりますでしょうか。

バッツッッ!!!と、カタカナで書けばこのような感じ。あくまで一部の方ですが。

次に行きましょう。






続いてH。これはほとんど当てはまらないのですが、私の会社の仲のいい人がそうなので大ダメージといったところ。

単純にHの音が抜け落ちるんですね。

ヨーロッパの方でHを発音しない言語があったと思いますが、大体発音なんていいうのは母語の影響なので、その方たちも同じようになるのかなと。

ただこれに関してはインド人ではそんなに当てはまらない。私の仲のいい彼以外思い出せません。

が、割と困りました。笑

仲がいいものですから過ごす時間も長いわけですが、一緒に過ごしていれば一度はこう聞きますよね。

「おなか減ったか?」って

これを英訳するとどうなるでしょう。そしてHの音が発音されなかったらどのようになるでしょう。







「Are you hungry(ハングリー)?」となるべきところが「Are you angry(アングリ―)?」


となるわけですね。おなか減ってる?が「てめぇなにキレてんだ?」に大変身するわけです。

え! なんで! そんな怖い顔してた?っていうくだりを7回ほど今までに繰り返しました。

お腹が減っているかの確認の度に、もっと笑顔でいようと心がけるのでありました。







はい、そんなところでしょうかね。まだまだありそうですが思い出せません。

インドに来たら、発音なんて気にしなくていいやって気になるので、完璧主義の日本人が英語の恐怖心をなくすのには最適かもしれません。

どこをとっても見方を変えればメリットばかりです。ぜひインドに遊びに来てください。







違う意味で英語が怖くなるかも知れませんが。

三浦

夏目漱石の「月が綺麗ですね。」・・・をインド風に言うと?!

皆さまこんばんは、武本です 。

 

日本ではいよいよ冬本番というところでしょうか、12月にも近づき、ブラックフライデーを迎え、クリスマスシーズンで賑わっていることかと思います・・・。

 

クリスマスはまだまだですが、インドにもクリスマスを祝う習慣はあります。

ちなみにクリスマスはヒンディー語で

 

「バラー・ディン」

(直訳すると、「でかい日」、ほんとですよ。)

 

 

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「今年のクリスマスはなにしよか・・・そもそも休みあるんか・・・?」

 

とかいろいろ考えているうちに、たくさん小説を買ってしまいました。

あまり知られてないかもですが、インドの本はめっちゃ安いんです!

 

今回はアマゾンで6冊買って約2500円ほど。一冊400円ほどですね。この中には600ページの長編もあったりするんで、かなりお得感ありました。意の向くままに買ってしまったので600ページもあるとはつゆしらず。

読み終えれるか不安ですが、しかし、小説に没頭すればクリスマスのことなど忘れられるでしょう。安いもんです。

 

今回購入したのはすべてインド系作家の本で、英語で書かれてます。インド英語文学とジャンル分けされるみたいですね。英語で小説を書くような人はほとんどの場合、欧米のネイティブに近いレベルで英語を操ります。

今読んでいるのがアルンダティ・ロイの"THE GOD OF SMALL THINGS"。邦訳もされていて、「小さきものたちの神」という邦題で出版されています。

ただですね、正直言いまして、1ページめくるごとにわからない単語が出てきます・・・。

 

「なんや?!なんでこんな意味わからん単語使うねん?!」

 

と、葛藤しながらではありますが、なんとか読んでます。というか読む努力をしてます。レビューを読んだところ、この小説の伝えるメッセージはいまの自分にとって非常に意味のあるものな気がしたので、これはなんとしても読み終えたいところです。アルンダティ・ロイさんはダム開発や新自由主義、階級的排他性などについて意見を発信する、批評家、活動家の一面も持っています。

アルンダティ・ロイ - Wikipedia

 

さてさて、本の紹介はこのあたりにしておいて。

インド系作家の小説を調べてるときにふと思ったんですよ。

タイトルにもあるように

 

夏目漱石の「月が綺麗ですね。」をインド風に言うと?!

 

どうなるんやろ、って。

 

・・・これはもう、バラナシ暮らしが長かった自分に言わせると

 

 

 

 

 

「川が綺麗ですね。」

 

 

もちろんガンジス川のことですよ。

 

インドと日本の愛情に対する考え方の違い、精神性の違いとかを考えて書こうとしたんですが、心からあふれる思いをとどめることができませんでした。

 

「なんやそれ、もっとええ表現あるがな・・・!」

という方いらっしゃれば、ぜひ個人的にでも共有してもらえると嬉しいです。

 

以上、武本でした!

 

インドでお前は何を食ってんだ編

絶賛、インドにはまってしまいました症候群の

中村です。

 

いや~人生って何が起きるか本当に分かりませんね。

 

数年前はインドだけはちょっと・・・って思っていた自分が、今やインドにどハマりしてるんですもん。

 

週末はとうとうタージマハル行きました。

いや~、こみ上げるものがありましたね。ものすごく不思議な感覚でした。

タージマハル自体、非常に美しいですよ。そして家族連れや修学旅行できている子供たちを見ると本当に心が和むというか。

こういうのいいよなぁ~って思いになんか浸ってました。

 

それとですね、僕の中で、タージマハルの光景は映画「スラムドック$ミリオネア」と深く結びついているんです。

だからこそ、タージマハルを前に、映画の中の情景と僕がこれまで見てきたインドの情景が頭に中に浮かんできて。

それらが勝手にストーリー化されて。頭の中で上映されるって感じ。

 

興味が湧いた人はぜひ、映画を見てくださいな。予告編をあげときます。

https://www.youtube.com/watch?v=-KBxb9sl6aI

(インドに来て色々な側面を見てからこの動画を見ると、また一味違うもんですね。)

 

 

さてさて、今日はですね。インドでの食事について書きます。

 

これまで武本のビリヤニ愛、三浦のドーサ愛は語られておりますが、

 

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デリーも負けてはいませんよ。

なんてたって、キャピタルシティオブインディアですからね。

南にいる田舎者の輩に負けるわけがないんです。

 

僕からのオススメはですね、ダッバというもの。

(*デリー限定ではない)

 

簡単に言いますと、インドの弁当ですね。4段弁当です。f:id:Jugaad-INDIA:20161128172546j:plain
ドゥーーーーーン!! 

こちらがダッバ。

 

中身はですね、ライス、チャパティ、おかず2(汁ベースとそうでないもの)ですね。

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これでお値段はなんと60Rs (100円しないくらい)。

 

おかずはいくつかパターンがあるので、それは当日のお楽しみ。

大好きなおかずだともうテンション上がるし、まだ食べたことのないおかずでもテンション上がるし、本当にハズレがないのがダッバの強み

 

この前はチャパティを忘れられるというハプニングがあったけど、それにも5分程度でしっかり対応してくる。

すごいぞ、ダッバ。

 

あとはやっぱり、コスパですね

インド飯がいくら安いと言っても、60Rsでお腹いっぱいになる+いくつか種類を食べるには、ストリートで食うしかないかなと。

 

ストリートのご飯も美味しいですよ。そして、ある程度長いことインドに滞在する人は、ローカル食を食べないのは非常にもったいない。

こういうストリートのお店(特に外国人観光客があまりいないところの)で食べるとですね、料理をしている人、そこで食べている人、みんな親切にしてくれるし、うまいか?うまいか?ってめちゃくちゃ聞いてくる。でもたいていの場合、ヒンディーだから理解できないけど、僕はいつもバホット アッチャ (very good)って言うんです。そうすると、その場に居合わせた人は大笑いして、場がものすごく和む。

 

そんなことをしていると、料理場のおばちゃんももっと食うか?ってどんどん食べ物を皿に入れてくれる。

 

これだけでもう幸せですよね。

特に僕はですね、美味しそうにたくさん食べなさいという家庭で育ったもんだから、こういう場は非常に居心地がいい。

 

でも、皆がストリートで食えるかというとそうでもないですよね。

 

その水で皿洗うんか笑

ハエたちが(インドでのハエは常に複数形で表現した方が的確笑)・・・

キッチンが・・・笑

そこでチャパティ伸ばすんか・・・笑

 

ってな感じで、ちょっと遠慮しておきますという事態がよく発生するのもわかる。

 

 

そんな時に、このダッバ

ダッバはデリバリーなので、調理のプロセスは一切見えません。

弁当箱が届いて、それをハエのいないオフィスで食べられるんです。

なんと素晴らしいことだろう。

 

僕もですね、つい最近、オフィスのボーイの人に頼んで、ダッバの出処に連れていってもらいました。

そしたら、なんとオフィスのめちゃ近くの、しかも何度か足を運んだこともある、どストリートの店でした。

初めてそこで食べた時は、明日下痢かな~なんて思っていたりしたのですが、下痢なんかするわけがなかったんですよね。なぜなら毎日そこの飯を食べていたのだから。笑

 

人間、気持ちの持ちよう。

汚いところを見たから食べたくないなと思うわけで、そこを見なければインドローカルの味を堪能できる。

ダッバは、ものすごいハードルを乗り越えてくれたんです。もう、ありがとう!!!!

(*作らているところはストリートなんだけどね。笑)

 

 

そんなダッバ。実はめちゃくちゃすごかった。

 

こんな記事を発見。『エラー率わずか0.00000625%、驚異のインド式昼食配達システム「ダッバーワーラー」』

http://dailynewsagency.com/2011/05/28/dabbawallah/

 

ゼロの数笑

いや~素晴らしい。

ただ、記事にあるダッバと自分が食べているダッバはちょっと違いますね。これはムンバイの例なので。

僕の場合は、空の弁当箱を配達員に渡す必要もなければ、弁当もプラスチック容器なので。

そして、ここまで大規模な配達が行われているかもわかりません。

謎が多いところに、ダッバの魅力があるんです。この謎は皆様のために絶対解いて見せます。楽しみにしていてください。

 

記事からいくつか抜粋すると、

 

・ダッバを配達する人は「ダッバーワーラー」と呼ばれる(という称号をえる)

・このシステムは1890年から開始

・ダッバーワーラーは超・几帳面

・毎日必ず決まった時間に荷物がピックアップされ、決まった時間に配送され、決まった時間に回収されます。どんな理由があろうとスケジュールは変更されません。(こんなことがインドで可能だったのか笑)

13人の上層部と、30人ほどを束ねる「ムカダム」と呼ばれる監督、そして5000人のダッバーワーラーという3層構造

1人あたりの月収は50006000ルピー(約90001万円)。ムカダムにもヒラのダッバーワーラーにも報酬はすべて平等に分配

就業規則はこれだけ。

ー仕事中の飲酒/喫煙禁止(500100ルピーの罰金)
ー仕事中は白い制帽をかぶること(25ルピーの罰金)
IDカードを着用すること(25ルピーの罰金)
ー休むときは事前に連絡すること(1000ルピーの罰金)

ビジョン:「親しい人が調理した昼食を配達することで、顧客に健康的な食生活を提供する」

(もう感動。ダッバが健康的かどうかというツッコミはおいといて、もう素晴らしすぎる。まとめると、みんな家族ってことですよね。)

 

 

ダッバーワーラー団体の理事のTEDトークも紹介されておりました。笑

https://www.youtube.com/watch?v=N25inoCea24

 

 

ってなことですよね、インドにいる方、ぜひダッバにトライしてください。

 

それと絶対にデリーの地で、生ダッバーワーラーを見つけ出してみます!

 

中村