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インドでの気づきを通して考えたこと

 

こんばんは。武本です。

 

2月28日付でインド・ハイデラバードでのインターンシップを終え、日本に帰国しました。帰国直前ということでしばらく投稿が滞ってしまいましたが、その間にもブログを見てくださっていた方がいて、本当にありがたいなあという気持ちで一杯です。

 

振り返ればこのブログは中村に誘ってもらって始めたもので、彼がいなければ得られなかった気づきがたくさんありました。インドにいながらまさか6カ月もの間このブログ続けることができるとは正直思っておりませんでした。

 

自分たちがインドで得た「気づき」をテーマに記事を書いていくというこのブログ、正直はじめは「気づき?余裕やな」とか思ってたんですが、いざ始めてみると、案の定これが難しい。

 

2カ月目あたりに記事にするネタが尽きた時、

「いや、そもそも”気づき”って一体なんや?!」

というみたいな内容のブログを書いたりもしました。

 

自分が持っている「当たり前」で周りを見渡した時に
「なんやこれ?!」「なんでやこれ?!」
と思ったことが一番シンプルな気づきだと思います。=気づき①

インドに初めて来たときには、自分も多くのことに驚きました。
というよりもむしろ驚かないものの方が少なかったかも知れません。


道を闊歩する牛、交渉できまる値段、オートリキシャドライバーのやたらと高いテンション、驚くほどフレンドリーな人々、高級ホテルのすぐそばにあるスラム、信号待ちのタクシーを必死にノックする物乞いの子ども。
思い出すとほんとうにきりがないです。

 

「理解できないことだらけだけど、なぜかまた来たい」


それが僕がインドで感じた第一印象でした。

 

そんなインドを少しでも理解したいと思いから、勇気を出して大学を1年間休学。
意気揚々とインドに留学に行きました。

しかし選んでしまったのはなぜかインドの魔境とも呼ばれるバラナシ
最初の一カ月は毎日帰りたいと思っていましたが、

いざ留学を終えてみるとバラナシを選んで本当に良かったなと。

インド人の考え方・論理を理解し、それを真似ることでその時の自分は以前よりも少しだけ、インドのことが分かったような気がしていたと思います。

 

そしてここからが気づき②、つまり

当たり前と思っていたことを疑うことから生まれる気づき。

 

たとえば、日本でずっと暮らしている時にはなんでもないことですが、
ゴミ一つないきれいな道、どんなときでも列を作る人たち、びっくりするほど丁寧な接客、英語を使わずとも生きていける環境、一生安定した収入を得られるとされてきた終身雇用制度、などなど。

当たり前だと思っていたことを実は当たり前じゃないと認識するためには、比べる対象が必要になります。

海外にしばらく滞在していた日本人が日本に帰ってくると日本の良さを再認識するというのが、よくある例だと思います。もちろん自分自身もそうでした。

 

このブログでインドでの気づきを深堀りしていく中で、そうした当たり前と思っていたことの中に、すごく面白い事実が潜んでいることがあると感じていて。

たぶんその中に、「なんで」が隠れていることが多いからだと考えています。

そしてその「なんで」が分かるということは、彼らの考え方に深いところで近づけるということ。

疑わずに無意識に現地に慣れていくだけでは、この「なんで」というところは分からないのではないでしょうか。

 

日本人であっても異なる環境での暮らしに慣れてしまうと、そこでの「気づき」はなくなります。逆に日本に帰った時の方がいろいろ気づけるかもしれません。

日本に暮らしている日本人に「気づき」がなくなるのも同じことだと思います。

 

なにかをより深く理解するためには、たぶん当たり前を疑うことが必要で、そしてその「当たり前だと思っているけど実は当たり前じゃないこと」に気付くために、海外にいながらも別の目線を持つというのは非常にいい方法なのではないかと、このブログを通して思いました。

 

少し話は変わりますが、初めてのインドで自分が衝撃を受けた

所得格差、スラム、学校に行かない子ども、カースト制度

といった現実に対して、バラナシの1年間でひたすらインドに慣れようとした結果、そうしたものを当たり前なんだと考えるようになりました。

 

しかし、この半年間様々な人に出会い、様々な経験をする中で

そうした現実を疑っていかなければ、本当に彼らを理解することはできないのではないだろうか?

という「気づき」を得ることができました。

これは自分の中では大きな変化だと思っています。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

長々と回想のような感じで失礼しました。もしここまで読んでくださった方がいらっしゃれば、本当にありがたく思います。

今回の「ジャダジャダインド日記」はこれで最後の記事となる予定ですが、また気が向いたら更新するかもしれませんので、どうぞよろしくお願いいたします!

さいごに、エレベーターおじさまと共に。

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最後になってしまいましたがお世話になった関係者のみなさま、どうもありがとうございました!

 

それでは、フィル・ミレンゲー!

インドが僕にくれたもの

中村です。 

 

今日でインターンの終わりをむかえます。

色々書きたいことがあるけど、それはのちにぼちぼち言語化することにして、

 

インド最後のブログは『国際開発について考えたこと』というテーマで締めくくりたいと思います。

 

この「開発」って言葉はひどく便利で、この一言で多種多様な分野を包摂する力がある。

 

だから僕は、興味関心分野を聞かれた際に、「国際開発」ですと答えてしまっていた。

今でさえ、そう答えてしまうこともある。

 

僕の場合は、途上国での経験を経て、

この「国際開発」と俗に言われている道を志したわけなので、

その答えは嘘では決してないけど、ひどく抽象的すぎるということも自覚している。

 

別に抽象的な答えを口にすること自体に問題はあまりないのかもしれないけど、

抽象的なところからどこまで具体的な話ができるかでアクションにつながるかどうかが大きく左右される。

 

この点は、僕もずっと考えていたことではあったのだけれど、なかなか明確にできなかった。

 

でも、気付いたのが、具体化できない理由は単純であったということ。

 

それは、途上国で何かをしたいと思えた経験があっても、

何ができるか、何が必要かを見たり考えたりする現場経験が今までなかったから。

 

 

そこで、今回BASIX Social Enterprise Groupという企業で約半年間インターンシップをしたわけですが、

そうするとまずわかったのが、抽象からの具体化のプロセスの重要性。

 

BASIXという企業を説明する際に、社員が口を揃えていうのが、

Livelihood Promotionという言葉。

 

でもこのLivelihoodってものすごい抽象的なんですよ。

生活のあらゆる側面に関係するので。というか生活そのもの。

 

でも、続く説明が、事業ごとかなり具体化されていく。

Livelihood Promotionと聞くだけでは、何を実際しているかわからないけど、

事業の具体的な話を聞くと、「なるほど、なるほど」となる。

それで、最後にまたLivelihood Promotionという話に戻ってくる。

 

これのすごいところは、BASIXの一つの特徴でもあるのだけれど、

多様な事業に共通のゴールを持たせること

 

だからこそ、金融も農業も環境も全く畑違いのように思える分野にリンクが見え始める。

これに気付いた時、そしてこの気付きを企業の掲げる戦略と照らし合わせた時、

僕はBASIXという会社にひどく感動したわけです。

 

と同時に、気付いたのが、志を抽象と具体の両面から表現できることの大切さ

 

抽象で相手を惹きつけ、同じ方向を向かせる。

具体で相手も説得し、行動に移す。

 

そのプロセスが大事なのかなと。

 

そんな僕は、今回のインターンを通して、間違いなく自分が進みたい方向はインターン前よりクリアーになったかなと。もちろん、まだまだ詰めていかないといけないけれど。

 

 

そして、もう一つ大きな変化が、自分の中の「開発」という言葉の解釈かなと。

 

インドに来る前の僕は、「開発」というものを「マイナスをプラスにするプロセス」だと頭のどこかで考えていた。

そして、そのプロセスっていうのは、「足し算」が基本だと自然と解釈していた気がする。

つまり、貧困層が直面している課題(マイナス部分)を、ビジネスや援助などの方法(プラス部分)で補うイメージ。

 

 

でも、インターンの中で、何度か事業を視察することを通して、考えるようになったのが、開発は「掛け算」で考えたほうがしっくりくるのではないかということ。

 

何が言いたいかというと、「開発」のプロセスで大切なのは、

対象者の持つ「能力」・「スキル」・「願い」・「情熱」といったものを引き出すことであって、スタートは必ずしもマイナスではないということ。

 

だから、何か事業をする時は、対象者がもつポテンシャルに対して、

より大きな数で掛け算できる仕組みを考えることが大切なのではないかと。

 

んで、大きな数を作り出すために、重要なのが、表面化したニーズと表面化していないニーズに沿うことなのかなと。もちろんこれだけではないけれど。

この点はこの先いろいろと考えていきたいところです。

 

僕のインドでのインターン生活はこれで幕を閉じることになりますが、

今の自分は、インターン開始前の自分とは比べものにならないほど、

新たな視点を持てている。

 

そう考えると、人生ってものすごいなと。

経験って貴重だなと思ったところでした。

 

インターンにあたりお世話になった方々、ありがとうございました。

帰国したら報告に行かせて頂きたく思います。

 

そして何よりインド、ありがとう!!

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中村  

タクシードライバーと出稼ぎ労働@ハイデラバード

アッサラームアライカム!

武本です。

 

ハイデラバード来てからタクシーに乗ることが増えました。

 

Uberというタクシー配車アプリで、よくハイデラバードの西側にある、レストランやショッピングモールが集まる地域に買い物に出かけたりしています。

 

バラナシにいるときはそもそも車の通れるほどの道の広さがなかったので、どこにでもタクシーで移動できるハイデラバードの便利さに、帰国を目前にしながら改めて感動しております。

 

さて、当初は慣れなかったそんなUberも乗ってみるとドライバーのおじさま、兄ちゃんとのちょっとした会話があったりして、おもしろかったりします。

 

8割以上のドライバーはヒンディー語、もしくはウルドゥー語を話すことができるのですが、まれにテルグ語オンリーのドライバーに出会うこともあります。(となると、テルグ語学習に失敗した僕は何も話せなくなってしまうのですが)

 

英語を流暢に話すドライバーの方もいて、そういう人たちといろいろ話をしていると、

 

「よお兄ちゃん、俺はドバイで3年間働いてたんだよ。ドバイに比べたらインドはほんとにカオスな国だぜ。ジャパンはベリーオーガナイズドカントリーだよな?!」

 

といういけいけな兄ちゃんもいれば、

 

「私はサウジアラビアで10年間働いていたことがある。ドバイの富裕層のチップの額には驚いたね。ハハハ。」

 

といってTOYOTAのEtiosを巧みに操る渋いおじさまもいたりします。

 

今まで何回もタクシーに乗りましたが、結構な頻度でそういう中東への出稼ぎをしたことがあるドライバーに遭遇しました。

 

興味深かったのが、なんとドバイでもヒンディー語が使えるということ。

 

ドバイ - Wikipedia

 

wikipediaによれば、

ドバイでは住民の83%が外国人であり、全人口のなんと75%がインド人を主とする南アジアからの出稼ぎ労働者が占めているようです。

衝撃的な数字です。

 

なんで出稼ぎに行くんだと聞いてみたところ

「お金を稼げるから」

という人がもちろん多くて、

「家族に行けと言われたから」

「インドの外を見てみたかったから」

という人もいたりしました。

 

彼らの職業ははドライバーなので、中東に出稼ぎに行っていたときもドライバーをしていたらしいのですが、建設業で出稼ぎに行く人々もとても多いようです。

 

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少し脱線しますが、ハイデラバードの工事現場です。

西側はIT産業を中心に急速に発展していて、

いたるところでこんな感じで工事が行われています。

やはり気になるのは、ヘルメットとか命づなとかの安全装置を全然していないことが多いんですよね。

あとは交通整備というか、この先工事中みたいな看板も全くないです。車の交通量は結構すごいんですけどね。この間も道路のちょっとだけ脇に直径7~8m深さ5mくらいの穴がどーんとあいていて、危ね!思ったところでした。

 

こうした環境で働いている人々が、ハイデラバードであればおそらく農村部から出稼ぎにきた人たちで、それがもしドバイであれば途上国から出稼ぎにきた人たち。

 

ドバイは世界でも有数の都市として非常に繁栄しているようなんですが、

外国人出稼ぎ労働者が8割を超えるという状況を小耳にはさんで、少し考えさせられるところもありました。

 

出稼ぎ労働に行くと単純な肉体労働に従事しなければいけないというのは、

言葉の壁で会ったり、スキルの壁、教育バックグラウンドの壁などいろんな原因があると思うんですが、

先日から中村が書いてくれている

 

Barefoot College

 

で行われていること。これはこうしたいろんな壁を越えていく1つの手段になりうる、いや、実際になっているのだと思います。

 

建設現場の話でいえばもう1つはやっぱり、どうやって安全な環境を実現していくのかも気になるところです・・・

 

「移民」

Brexitやアメリカのトランプ大統領の政策が波紋を呼んだこのテーマについて、

日本も向き合わなければいけない段階に来ていると感じています。

 

さてさて今回もあっちこっちへ文章が飛んでしまいました。

次回は1つ、「まとまりのある文章」を心掛けて記事を書いてみたいと思います!

 

以上、武本でした。ありがとうございました!

Barefoot College訪問 ソーラー事業

どうも、中村です。

 

今日、何を書くかって?

そんなもう決まってますよね。Barefoot Collegeについてですよ。

 

これまで3回に渡り書いてきましたが、

 

jugaad-india.hatenablog.com

jugaad-india.hatenablog.com

jugaad-india.hatenablog.com

 

今回は、訪問中、一番驚いた『ソーラー事業』についてです。

これ結構すごいので、お楽しみください!

 

突然ですが、皆さん。

電気のない生活って想像したことがありますか?

もしくは体験したことがありますか?

 

僕は過去に、家の電気が数日間全く使えないという生活を送ったことがあります。

 

体験した人にはわかるかもしれませんが、電気がない生活って想像以上に不便なんです。

 

僕の家の場合、

家がオール電化のこともあって一切調理ができなくなり(幸いにもガスコンロを使って調理していましたが)、

電気がないからもちろん暖房器具も動かせないし(冬なので大変)、

携帯の充電もできない(連絡手段が絶たれる)、

夜は基本何もできない。

 

という状況に陥りました。

色々な活動にものすごく縛りが生まれるんですよね。

 

日本ではこんな状況を経験することはかなり稀ですし、経験したとしても短期的なことですが、未だ多くの途上国で、電気にアクセスできない人々がいる。

 

外務省のページによると、

世界で電気にアクセスできない人々は約13億人(世界の人口の18%に相当)、特に、サブサハラ・アフリカでは、人口の約3分の2(約62,000万人)に上るといわれています。また、サブサハラ・アフリカでは、人口の約5分の4(約73,000万人)が調理に際して屋内大気汚染をもたらす、木質燃料(木炭、薪など)に依存しており、若年死亡の主要因となっています。電気やガスなどのエネルギー・サービスの欠如は、産業の発達を遅らせ、雇用機会を失わせ、貧困をより一層進ませ、医療サービスや教育を受ける機会を制限するといった問題につながります。今後、世界のエネルギー需要はアジアをはじめとする新興国や開発途上国を中心にますます増えることが予想されており、エネルギーの安定的な供給や環境への適切な配慮が欠かせません。

 

電気の恩恵を受けられないことで不便な生活を強いられることだけではなく、

それによって負の連鎖が生じていることが現実のようです

 

こんな問題があることを踏まえて、

Barefoot Collegeのソーラー事業について説明しますね。(ウェブサイト参考)

 

まずこの事業の目的はですね。

「女性のソーラーライト技術者」を育成することです。

そして、その技術者を中心に、世界規模で電気のない僻地に、持続可能な電気をもたらそうというものです。

 

具体的にどのようなことをしているかというと、地元や国の機関と協働で、田舎の農村出身の中年の女性に対して、ソーラーライト技術者になるための約6ヶ月のトレーニングを提供しております。インド人はもちろんのこと、世界各地からここBarefoot Collageにトレーニングを受けにきている人がおります。(詳細は後述)

 

ウェブサイトによると、それらの女性のほとんどが非識字者となっていますが、訪問した際は、識字者もおりました。また、男性でトレーニングを受けている人もちらほらおりました。

 

ここまで読んで感動した人もいるかもしれませんが、

まだまだすごいことが現場では起きているんです。写真とともに紹介しますね。

 

まずは、トレーニングセンターから。

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(Women Barefoot Solar Engineers Training Centre)

 

そしてこちらが、トレーニングが行われている部屋。

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(中学校の技術の授業を思わせるような光景。)

 

何かすごいことに気付きましたかね?

そうなんです、参加者の国籍が多様性に富んでいるんです。

 

1:ミクロネシア連邦

2:ミャンマー

3:シリア

4:セネガル

5:マダガスカル

6:マリ

7:トンガ

8:キリバス

9:ボツワナ

10:ソマリア

11:メキシコ

12:カーボベルデ

 

こんだけ色々なところから集まっていますし、

集められた女性たちがその国の役人とかでは全くないので、

英語が話せるわけではありません。文字も読めない人もいるのかもしれません。

(「こんにちは」と話しかけてくれたトンガの二人の女性のうち、一人はコミュニティのために働いており、もう一人は野菜売りをしていたそうです。)

 

では、どうやって、トレーニングを提供しているかという話になりますよね。

答えはですね、「ボディランゲージ」なんです。

 

「言語が無理ならそうだろ」って話には確かになりますが、

これが実際に機能しているってものすごいことじゃないですか。

 

言語に頼らずして、このトレーニングを受けた女性たちは、

ソーラーライト技術者になり、故郷に戻り、故郷に明かりを灯すことになるのですから。

 

その明かりの下で、

子供たちが勉強しているかもしれないし、

家族の時間がもっと楽しいものになるかもしれないし、

商いを拡大できるかもしれないし、

住民が集まって笑顔が絶えない場となるかもしれない。

 

想像しただけで、僕なんかは、ものすごく嬉しくなってしまいましたね。

あぁ、ここから世界が少しずつ変わっていくんだろうなぁって。

 

ただですね、もちろんこのトレーニングを受けた女性が、

どれだけ故郷で活動できているかはわからない。

僕が思い描いたストーリーはただの空想なのかもしれない。

 

でも、僕は、

故郷のために知恵とスキルを身につけられる場があること、

その機会が故郷を想う人々に与えられていること、

に本当に感動しましたね。

 

しかもこれって、世界中のノウハウを他国で必要としている人に対して、発信できるということを示唆しているのかなと。今、何か具体的なアイディアが思いつくわけではないけど、このケースを見られたことは自分にとっても本当にいい財産になるかなと。

 

それともう一つ面白いのがですね、

女性たちが自国の文化を持ち込んでいるということですかね。

アフリカから来ている女性はアフリカ独特の柄の服を着ているし、

ミャンマーから来ている女性はタナカを顔に塗っているし。

 

グローバル化が謳われるようになって以来、

異文化とどのように共存するか、そのために何が必要なのかなんて考えることがあったけど、なんか異文化共存の新たな形を見た気がして。

 

一つのことに向かう上では、別に国籍も人種も言語も関係ないんだということ。

このBarefoot Collegeの卒業生が世界各地にできて、

卒業生が地元で新たな技術者を育てて、

世界中にBarefoot Familyができたら面白いだろうなって。

 

出身地が一緒だったり、母校が一緒だったりすると、

それまで顔も名前も知らなかった人でも少し身近に感じることってありますよね?

そんな感じで、Barefoot Familly。増えるといいな。

 

 

それとですね、ソーラー事業は、ソーラーライトの他にもありました。

 

こちら、冷水を温水に変える装置。

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そしてこちらが太陽光を利用した調理器具。

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これらも全てBarefoot Collegeで学んだ女性たちが作っているんだって。

 

Barefoot Collegeの創始者の言葉:

「エンジニアになるために紙の証明書はいらない」

 

いや〜、まさにそうでした。

 

そして、インターン先の企業も生計向上を目指しているために、

Barefoot Collegeの視察は一つのいいものさしとなるかなと。

 

事業のビジョンが共感を誘うものであること

ニーズベース(今回は電気)で事業を考えること

スケール化をどうすれば達成できるかを考えること

 

の必要性はものすごく感じましたね。

 

ではでは。

中村

インドとヨガとわたし:なんのための開発か

皆さま、ナマステ。武本です。

 

さて、今回のインド滞在も残り2週間を切りました。

先日中村も書いていたように、もうすでに帰国した同志もいます。

残り2週間ということで、自分はこの半年なにをしてきたのか、どんな人と会って、なにを考えてきたのか、いろいろな思い出が走馬灯のようによぎり、少しセンティメンタル(インド英語風)な気持ちになるのも否めません。

 

突然ですが、今日はヨガについて少し書いてみたいと思っています。

インドといえば?と聞かれて日本で多くの方が連想するのが

カレーの次にヨガかなと思いますが、日本でヨガと言えばいわゆる

 

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フィットネスヨガ 

 

のイメージが強いと思うのですが、

もちろんそれはそれで世界中で広まっていて、大きな影響力があると言えます。

 

しかし、本場インドのヨガは少し様相が違うかもしれません。

というのも、アーサナ(ヨガのポーズ?とでも言えるでしょうか)

は目的ではなく、あくまで手段にすぎないと彼らは考えているからです。

 

もちろんアーサナも大事なんでしょう、すごくすごく大事だと思うんですが、

 

ヨガ=難しそうなポーズをとること

 

という考え方では、ヨガが伝えたいこと(そもそもヨガってなんだって話にもなりますが)を十分伝えられないと思うのです。

 

と、こんな偉そうなことを行ってきましたが、自分のヨガ経験はほとんど0に近いです。はい、講釈を垂れて申し訳ありませんでした。

 

ただ、ヨガについて学ぶのは好きで、日本にいるときには大学のインド人の先生にヨガについて教えていただいたりもしました。

「日常生活のすべてがヨガである」

というのは、この先生から教えていただいたことです。

 

全く個人的な話になってしまうのですが、通っていた高校が熱心な仏教(真言宗)の学校でして、毎朝般若心経というお経を唱えたり、呼吸法として腹式呼吸を習ったりしていました。遠足のかわりに真言宗の聖地高野山で座禅を組んだりもしました。(ネタではありません)

 

当時はなんでこんなことせなあかんねんと思っていましたが、今考えるとヨガのようなことをしていたのかともちょっぴり思います。

 

そしてここで学んだ考え方が、今の自分の軸のようなものになっているのだなあと感じて記事にしてみた次第です。

 

インターンシップ先ではインドの開発課題、経済や社会、社会の中での企業の役割などなど、

比較的目に見えやすいものをテーマに勉強させてもらっているのですが、

「人間がなにを基準に・どんな環境で幸せを感じるのか」

バラナシにいるときはこうしたテーマについてよく考えたりしました。

結果的にいってしまえば、

「そんなの人によって違うから、答えはない」

ということになるとは思うのですが、

新興国の開発といったテーマに関わりたいと思う時、自分がかつてそうだったのですが

「彼ら・彼女らがかわいそう(=不幸)だから何とかしたい」

という気持ちがありました。

しかし、バラナシで現地の人々と深く関わり合いながらおよそ1年暮らした中で

「彼らが経済的に貧しいからと言って、彼らのことを不幸だと言えるのか?」

という疑問をしょっちゅう抱き、

「人間がなにを基準に・どんな環境で幸せを感じるのか。そしてそのためにすべきことは何なのか。」

といったことについてガンジス河を見ながら、よくよく考えさせられました。

あまり書くと恥ずかしいのでこのあたりにさせていただいて、まとめます。

 

ヨガはインドで生まれた非常に高度な心身健康になるためのメソッドで、

そんなメソッドを生まれながらにして持っていることもあるインドの方から、

様々なものが物質化してしまった日本に暮らす自分たちも、学べることがあるのではないか?!

はい、全くまとまりませんでしたが、

ここまで長々と続く文章を最後まで読んでくださったかた、ありがとうございました!

帰国まで残り13日、もう少しお付き合いいただければ幸いです。

 

以上、武本でした!

 

Barefoot College訪問 ラジオ放送の可能性

中村です。

 

実は、デリーの相棒がちょっと前に日本に帰国したわけですが、

改めて、僕のインド生活における彼の存在感を感じさせられて、

しみじみしているところです。

 

彼とは、

体のサイズも

服のセンスも

食生活も

好きな女の子のタイプも

 

違うのだけれども、色々とインターンの苦楽を語り合いましたね。

 

昨日、彼がインターンしていた会社の寿司屋さんに行ったのですが、

彼が提案したという皿を使う案が採択されたのか、

寿司ロールを皿にのせて出しているのを見たら、

なんだか心がほんわりしましたね。

 

別にプラスチックの容器のまま出してインドの人が気にしないかもしれないし、

店の設備を考えると皿で出すことは非効率なのかもしれないけど、

でも、皿で出されると、やっぱり日本人としてしっくりきましたね。

 

この先、日本を訪れるインド人が増えて、

日本の寿司に触れたことがある人も増えてくると、

こうした細かな日本らしさみたいなところはきっと活きるのかなと。

 

自分の想いが他人に伝わることが目に見えると嬉しいけど、

こうして間接的に伝わることもあるんだなぁ〜と改めて実感。

(僕の想いが間接的にどこかに伝わっていることなんてあるんかなぁ。)

 

 

彼とは、また日本で会えるので、そろそろ本題。

 

今日もまたBarefoot Collegeについて書きますよ。

 

今回紹介するのは、「ラジオ」 

先に写真を見せますね。

 

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この方が、Tiloniaのラジオパーソナリティ。(Tilonia出身)

 

ニュース、音楽、童話などなどをラジオを通して、

25km先まで届けるんだって。

 

正直な話、僕の生活とラジオはあんまり関係性が強くなくて、

ラジオと聞いても別にワクワクしないけれど、

インドの村の場合は案外そうではないのかもしれない。

 

僕なりに考えた理由は以下の通り。

①農村に住む人でも携帯を持っていると言われているけど、スマートフォンタイプじゃなくて、電話とメッセージなどシンプルな機能だけ利用可能な小さな携帯電話を持っている人も結構いる。だから、ラジオの価値は結構ある?

 

②インド人はやたらと音楽が好き。一括りにいうのは良くないかもしれないけど、今滞在しているところの子供もすきあるたびに、「ダンスミュージック??」って、音楽をかけろかけろ言ってくる。だから、ラジオの価値は結構ある?

 

③周りに娯楽施設がない。Tiloniaに行けばわかるけど、目に入る建物は、住居、寺院、学校、小さな店のどれか。ショッピングモールなんてものはない。牛も犬も馬も水牛も鶏もヤギも羊も仙人(笑)もいる環境は、田舎出身の僕でさえ流石にもちょっぴりびっくりだけど、インド人の彼にとって、そんな環境にはエンターテイメント要素のかけらもない。だから、ラジオも価値は結構ある?

 

実際、村民がどれだけラジオを聞いているか分からないのだけど、

もし結構な人が聞いているのだとしたら、これまた面白い話になる。

ラジオという忘れかけていたチャネルを認識することになったのだからね。

 

ちなみにこのラジオ部屋。よく見るとわかるけど・・・。

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壁一面に卵の箱がびっしり。

これらは防音と防寒ためなんだって。

全部作っちゃんだもん。すごいよ。

 

まだまだ、裸足の学校レポートは続きますよー。

 

中村

 

What we're doing now: In English today!

Hello!

(The best Pizza in India, Pushkar with Takehiro, Takuma)

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I like to write an article in English today, no reasons, just I feel like it today. Usually we write articles in Japanese, about  'Unexpected findings in India".I hope my English getting improved as I spend more and more time overseas.

 

When you have come to India even once,as a foreigner,  you faced that simple fact, "Impossible is Nothing" in India. But, we can't keep the feelings which impressed us very much at the first time. We are writing this Blog not to forget about that feelings, and not to forget our native perspectives from Japan, India can influence us easily, that's what I like about India.

 

I have been posting that articles on FB many times and those are all in Japanese though some of my foreign frinds gave "Like" to our articles! That's so happy and I want to say thank you to you in this occasion.  

 

I'm in Hyderabad now and doing internship here. I've been here for 5 months and will go back to Japan on 28th in this month. So it's coming to the end. I always miss here after I back to Japan, then it comes to my mind, "you should go somewhere now!" I'm not sure that I will go somewhere again or stay in Japan after this, but yes, now I should focus on what I'm doing here, eat biriyani as much as possible in Hyderabad. I should talk about what we do in this internship for people who care us like" What are they doing?! Is he alive?!" Thanks, we are very much alive.

 

To improve my english fluency, I decided to write some of articles in English.Yes, I determined with my weak-willed nature. Thank you for reading to the end!

 

Bye.