読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

勢いだけのヒンディーからの卒業を夢みて

中村です。

 

僕にとって、新年一発目の投稿になってしまいました。

 

メンバーが新年色々とバタバタしたのと、

僕はインドの風邪にやられてました。すみません。

インドの風邪がね、お土産屋のおっちゃんくらいしつこくて。なかなか手強いですよ。

 

中高と皆勤賞の僕でも、太刀打ちできず。

でも、この風邪のおかげで、痰を英語でsputumということを学びました。

(nativeは使わないなんて記事もありましてが。インドのバイヤーには通じました。)

一つでも学びを得られたことはいいことですね。

 

 

今日はですね、インドに関する気付きというよりは、

インドで得た「自身が大切にしたい姿勢」に関する気付きについて書きます。

 

きっかけは、以下の二つ。

 

①ヒンディー語を勉強し始めたこと。

②ジムに通い始めたこと。

 

一見関係ないように思える二つだけれども、

実は二つに共通している大切なことがあるんです。

 

それは、「継続することが大切」だということ。

そして継続するためには、「自身で戦略を練る必要がある」ということ。

 

①に関してだけど、僕の場合は、インターンの業務で農村に行ったり、家の近くのちっぽけなキオスクで色々買い物をする人間だから、ヒンディー語が役に立つシーンはかなりある。その度に、ヒンディー語をペラペラに話せればな~って思うわけですが・・。

 

思うだけでは、なんにも始まりません。努力なくしてできるのは、せいぜい4つくらい大事な単語を覚えてそれを連発して笑いを取るくらいでしょうか(完全に今の自分)

 

でもそもそもですよ、何なんですか、あのヒンディー語の文字?

 

ニョロニョロ。

たくさん。

ニョロニョロ。

 

これまで、何度も挑戦してきましたが、挫折を繰り返し、インターンも残りわずかとなりました。

 

僕はですね、意外と完璧主義的なところがありまして(本当です)、ヒンディー語をやる時も、「文字から全部やりたい」と思って何度も挫折してたんですよね。

 

でも、冷静に考えてみるとですね。

僕の最大の武器である、accha(good), theek(ok), hanji(yes), nahi(no), 文末のna(なんでも疑問形にできちゃう)は、ハウスキーパーとその子供たちから学んだもの。

んで、なんで覚えているからというと、しつこいほど使っているから。

なら、わざわざ文字から入らずに、会話から学べばいいんだなと思ったわけですよ。

なので今は、会話を少しずつ学んでいる感じです。

 

でも、学んだことをアウトプットしなければ、すぐに忘れてしまうし、それを継続しなければ、また忘れてします。そして、どう学ぶのがいいのかは、しっかり戦略を考えなければならない。

 

長々と書いてきたけど、

要するに、言いたいことは、「継続することと戦略の大切さ。」

 

 

それともう一つ②ジムの話。

最近にやって、やっとお手頃な価格で通えるジムを見つけたので通い始めました。

何せデリーは大気汚染がひどくてですね、外でランニングなんてできたもんじゃない。

 

ここでの出来事はですね。

 

例えば、ランニングをするとき、自分の頭の中のイメージは現役時代のものだけど、体は相当衰えていて。

それは「えっ、まじ?」って自分でも驚いてしまうほど。

 

腕立てをする時だって、「うぅわぁ」って感じにできない。

 

それでいて、誤魔化しもきかないんですよ。

腕立てしているのは僕であって、他の誰かの力を借りているわけではないですから。

 

もちろん恥ずかしいですよ。

インドのジムはやたらガチ勢が多くてですね。タンクトップ着てるマッチョみたいな。

そんな人の前で、プルプルになりながら、腕立てなんてしてたら、マジで恥ずかしい。

そこに女の子なんていたら、もうマジで面目が立たない。

 

それでいて、体というものは、一夜にして変わるものではないから、

この恥ずかしさは、ある一定時間耐え抜かないといけない。

 

やめれば確かに恥ずかしさからは解放されるけど、

恥ずかしからといって、やめたら一生このままなんですよ。

それは嫌だなぁと思った僕は、「別にあの女の子と付き合うわけじゃないし」なんてくだらない理由をつけて、

今もぼちぼちジムに通っているわけですよ。

 

 

つまりですね、今回僕が気付いたことというのは、

 

「継続することの大切さ」なんだけれど、これは業務でも言えて。

 

何事をやるにも、一日で完結することってあんまりない。

作業自体が一日で終わったとしても、それを業務の大きな流れの一つのうちのどの部分であったかを見ると、結局は継続した業務の一部だってことが明らかになる。

 

ここまで書いてきて、今更だけど、「継続することの大切さ」って中学生の作文みたいですよね。

 

いや、本当にそうなんですよ。

だから、「継続することの大切さ」を学びましたと言って終わってしまったら、

自分が中学時代から成長してないことになる。もしくは、成長を言語化できるほどの能力を習得してこなかったことになる。

 

さすがにですね、僕も中学時代よりは成長しておりまして、

「継続を可能にするために戦略が必要」そして「その戦略をどう立てていくか」ということを考えるようになったんです。

 

これはですね、

「継続することが大切である」みたいに根性論で突き進むだけではなくて、

どうすれば、自分をゴールに向かうレールに乗せることができて、

どうすれば、自分をレールから途中で外れることなく走らせることができて、

そして、どうすれば、レールをもっともっと先に延ばしていけるのか。

さらには、どうすれば、仲間に自分のレールに一緒に乗ってもらうのか。

 

これは次回以降にまとめますが、結局、日本にいようと、インドにいようと、

大切にしないといけない行動の軸みたいなところは揺るがないんだなぁと改めて実感いたしました。

 

中村