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インドとヨガとわたし:なんのための開発か

皆さま、ナマステ。武本です。

 

さて、今回のインド滞在も残り2週間を切りました。

先日中村も書いていたように、もうすでに帰国した同志もいます。

残り2週間ということで、自分はこの半年なにをしてきたのか、どんな人と会って、なにを考えてきたのか、いろいろな思い出が走馬灯のようによぎり、少しセンティメンタル(インド英語風)な気持ちになるのも否めません。

 

突然ですが、今日はヨガについて少し書いてみたいと思っています。

インドといえば?と聞かれて日本で多くの方が連想するのが

カレーの次にヨガかなと思いますが、日本でヨガと言えばいわゆる

 

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フィットネスヨガ 

 

のイメージが強いと思うのですが、

もちろんそれはそれで世界中で広まっていて、大きな影響力があると言えます。

 

しかし、本場インドのヨガは少し様相が違うかもしれません。

というのも、アーサナ(ヨガのポーズ?とでも言えるでしょうか)

は目的ではなく、あくまで手段にすぎないと彼らは考えているからです。

 

もちろんアーサナも大事なんでしょう、すごくすごく大事だと思うんですが、

 

ヨガ=難しそうなポーズをとること

 

という考え方では、ヨガが伝えたいこと(そもそもヨガってなんだって話にもなりますが)を十分伝えられないと思うのです。

 

と、こんな偉そうなことを行ってきましたが、自分のヨガ経験はほとんど0に近いです。はい、講釈を垂れて申し訳ありませんでした。

 

ただ、ヨガについて学ぶのは好きで、日本にいるときには大学のインド人の先生にヨガについて教えていただいたりもしました。

「日常生活のすべてがヨガである」

というのは、この先生から教えていただいたことです。

 

全く個人的な話になってしまうのですが、通っていた高校が熱心な仏教(真言宗)の学校でして、毎朝般若心経というお経を唱えたり、呼吸法として腹式呼吸を習ったりしていました。遠足のかわりに真言宗の聖地高野山で座禅を組んだりもしました。(ネタではありません)

 

当時はなんでこんなことせなあかんねんと思っていましたが、今考えるとヨガのようなことをしていたのかともちょっぴり思います。

 

そしてここで学んだ考え方が、今の自分の軸のようなものになっているのだなあと感じて記事にしてみた次第です。

 

インターンシップ先ではインドの開発課題、経済や社会、社会の中での企業の役割などなど、

比較的目に見えやすいものをテーマに勉強させてもらっているのですが、

「人間がなにを基準に・どんな環境で幸せを感じるのか」

バラナシにいるときはこうしたテーマについてよく考えたりしました。

結果的にいってしまえば、

「そんなの人によって違うから、答えはない」

ということになるとは思うのですが、

新興国の開発といったテーマに関わりたいと思う時、自分がかつてそうだったのですが

「彼ら・彼女らがかわいそう(=不幸)だから何とかしたい」

という気持ちがありました。

しかし、バラナシで現地の人々と深く関わり合いながらおよそ1年暮らした中で

「彼らが経済的に貧しいからと言って、彼らのことを不幸だと言えるのか?」

という疑問をしょっちゅう抱き、

「人間がなにを基準に・どんな環境で幸せを感じるのか。そしてそのためにすべきことは何なのか。」

といったことについてガンジス河を見ながら、よくよく考えさせられました。

あまり書くと恥ずかしいのでこのあたりにさせていただいて、まとめます。

 

ヨガはインドで生まれた非常に高度な心身健康になるためのメソッドで、

そんなメソッドを生まれながらにして持っていることもあるインドの方から、

様々なものが物質化してしまった日本に暮らす自分たちも、学べることがあるのではないか?!

はい、全くまとまりませんでしたが、

ここまで長々と続く文章を最後まで読んでくださったかた、ありがとうございました!

帰国まで残り13日、もう少しお付き合いいただければ幸いです。

 

以上、武本でした!